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FutureInsight.info

AI、ビッグデータ、ライフサイエンス、テクノロジービッグプレイヤーの動向、これからの働き方などの「未来」に注目して考察するブログです。

強さとは、エリートとは

タイガーウッズのマスターズ・プレイオフは久しぶりに興奮した。彼のような意思の強さを見せられると強さとはなんなのかを考えさせられる。少なくとも一般人はあれほどの大舞台に立つこともなければ、あれほどのプレッシャーに瞬間的にさらされることもない。よって、自分の強さについてを考えさせられる機会もそうそうないわけだが、なんかこう胸打たれる場面であったことは間違いない。素直に感動した。

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そういえば、今回のSFC Reviewで福田和也が「教養とは」について話していた。とても興味深い内容だったので、すこしだけ紹介したい。

彼はまず教養とは基本的に古典を知ることであると結論付けている。
歴史的に科挙だけではなく、いろいろ例を出し、

・明治時代の外交官の試験は古典の漢文のみであった。そこで、ありとあらゆる漢文を暗唱できるようになり、外交官試験に受かったものだけが、そこから漢文を一切すて、報告書、情報などはすべて英語で扱うように指示されるらしい。そこで漢文を生かす機会は一切ない。だが、真のエリートがそこには存在した。

・アメリカ、ヨーロッパの名門大学はいまだに、ギリシャ語、ラテン語により文学史、哲学史が必修科目であり、その大学の首席の座は唯一その古典の教科のみで争われる。よって、我々が引き合いにだし、たまに馬鹿にするネオコンの連中もすべて文学史、哲学史の基礎教養を共有している。

そして、こう結論付けている。歴史的にみて、古典教育以外にエリートを育成する手段は存在しなかった。否、古典を知らないエリートはエリートとはなり得なかった。

なかなか、興味深い話だった。わずか2ページの記事なので、ぜひ読んでもらいたい。

[追記] 冷静になって考えたら、一般人がSFC Reviewに触れる機会などあるはずがない、、、残念。