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FutureInsight.info

AI、ビッグデータ、ライフサイエンス、テクノロジービッグプレイヤーの動向、これからの働き方などの「未来」に注目して考察するブログです。

9/28 攻殻機動隊SAC2ndGIGのラストはなぜ感動が薄いのか

昨日の深夜アニメで攻殻機動隊SAC2ndGIGの最終話が放送されており、さいきん不眠気味なため、ばっちり見てしまいました。この話でタチコマは核爆弾と自分のニューロAIが入った人工衛星をぶつけて消滅するんですが、このラストのカタルシスがSACの1stの時のバトーをかばって死んでいった時と比べて明らかに弱いんですよね。

これはどういうことか考えてみました。

まず、最初に考えたこと。1stの時は、普段は命令されなければ動くことのないロボットが自発的に大好きな人のために命を投げ出したって部分でやられてしまったのですが、2ndだと、だれをかばったのか、それとも核爆弾による大破壊を避けたのかの部分が弱いんですよね。だれかのために命を捨てたんじゃなく、どうしても核爆弾の爆発を避けるためって意味合いが強くなってしまっているんです。これは、ロボット的にみたら論理的帰結みたいな部分に陥っているため、感動がどうしても不足してしまうんじゃないかってこと。

あと、もう一つ重要なのは、タチコマは自分達が優秀な道具であることに存在意義を見いだしているって部分が多かれ少なかれ見られたってことですかね。つまり、優秀な道具であることを証明することが、存在より優先されるって部分が相当すんなり受け入れられたってことです。

こんな二つの要素があったから、タチコマの最後がすんなりうけいれられたんじゃないかと思います。

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去年、結局、おれはいろいろ考えた末に一般に外資系証券、外資系コンサルティングとよばれているものを受けなかった。それは、始発で行って、終電で帰るような生活は不可能だし、仕事のために命を削ることもできそうにないなーと思ったからだ。

ただ、早い、早いと聞いていたけど、本当に早い。なんとエントリーがもう始まっている。

ボストンコンサルティング ウィンタージョブは既にスタート。
マッキンゼーも登録がはじまっている

恐ろしい世界だ。