伊藤計劃という2009年3月に肺ガンで早世したSF作家がいる。「虐殺器官」、「ハーモニー」は伊藤計劃が残したオリジナル長編である。今年の年末、「ハーモニー」を読了し、「虐殺器官」は以前読んでいたため「虐殺器官」と「ハーモニー」という小説に関して感じたことを書いてみようと思う。
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あと、ネタバレは基本無しで書くが、まっさらな気持ちでこの小説を読みたい人はこれから先は読まないことをお勧めする。
なぜこの二本のSF小説が人々の心をつかんだのか
「虐殺器官」は「ベストSF2007」国内篇第一位、「ゼロ年代SFベスト」国内篇第一位を受賞しており、「ハーモニー」は第30回日本SF大賞を受賞している。それぞれ日本のSF小説が受賞できる賞としては、最高レベルの物であり、デビュー2作にして伊藤計劃は頂点を極めたことになる。それ故、その早過ぎる死を惜しむ声が非常に多いのだが、僕なりにどうしてこの2つがSF小説の最高峰の賞を受賞したのか考えてみる。
まず、ハーモニーだがはっきり言ってこの小説がSF大賞をとらなくて、どのSFが取るんだという完成度である。文庫本の佐々木敦氏の解説で伊藤計劃のインタビューから以下の言葉が引用されている。
『虐殺器官』と『ハーモニー』はついになっているので、次の作品はまた別のテーマになると思います。とりあえずいったん終わり。『ハーモニー』で、いまのところは限界です(笑)。
この後、伊藤計劃は次の作品を完結させることが出来ずに死去するのだが、解説にも書かれている通り、この「限界」がどのような限界であったかはハーモニーを読んでいただければすぐにわかるとおもう。
ハーモニーの何がすごいかというと、まず極上のエンターティメントであること。物語のロジックがミステリー的な読み手を楽しませることに徹しながら、そのエンターティメントのバランスを崩さずに骨太な設定が生かされていることにある。ハーモニーで扱われるテーマを考えてみると、人間にとって「意識」とは何なのかに関する著書の仮説の上に成り立つわけだが、この「仮説」がもともと大学院まで情報生物学を学んでいた僕から見ても無理がない想像の延長線上にある。このあたりのことはマットリドレーの本がおもしろく読みやすいのでおすすめ。
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小島秀夫監督という巨大な才能から新たな才能が産み出されたことの意味
コンテンツ業界に関わるもので小島秀夫監督を知らない人はまずいないと思うが、メタルギアソリッドの生みの親であり、日本でほぼ唯一世界で売れるサイドパーソンシューティングのコンテンツを作ることができるまさに日本が誇る巨大な才能である。その小島秀夫監督が最新作のメタルギアソリッド・ピースウォーカーの最後で「この「PEACE WALKER」を伊藤 計劃氏に捧ぐ」というクレジットを残した。メタルギアソリッド・ピースウォーカーはまさに傑作というべき作品であり、もしプレイしたことがない人がいたら是非遊んでほしい。
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この小島秀夫という才能の薫陶を受けた才能が日本のSF界において大きな役割を果たすというのは、ゲーム業界に関わるものにとってとても喜ばしいことだし、その早世は本当に残念でならない。
いろいろあるけどおもしろいから読んでおけばよいと思う
ネタバレ無しなのでディテールに踏み込まないが、素晴らしいSFであり、かつ極上のエンターティメントという作品なので、読んでおいて損は絶対にない小説だと思う。虐殺器官とハーモニーで提示された以下の魅力的なテーマに対する新たな物語が紡ぎだされることがないのは非常に残念だが、次の才能が現れることを期待して待ちたい。
人間の持っている感情とか思考とかっていうものが、生物として進化の産物でしかないっていう認識までいったところからみえてくるもの。その次の言葉があるのかどうか、っていうあたりを探っている。