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FutureInsight.info

AI、ビッグデータ、ライフサイエンス、テクノロジービッグプレイヤーの動向、これからの働き方などの「未来」に注目して考察するブログです。

Facebookによる革命の作法

以下のFacebookとTwitterによる革命話がessa氏から取り上げられたという経緯もあり、あのあともいろんなメデイアを追っていた。

finalvent氏のように海外メデイアまで終えていないのは残念だがそのあたりは極東ブログの秀逸なエントリーを見ていただくとして、自分のなかで整理がついた部分はまとめておきたいと思う。
まず、今回の件で個人的な興味の大部分は本当に革命にtwitterやfacebookが活用されたのか、活用されたのならどのように利用されたのかにある。これはテクノロジーに関わるエンジニアとしての単純な興味でもあるし、ゲバラの伝記に記載されていた様なゲリラ戦から革命の作法が現代においてどのように変化したかということは、間違いなく今年のテクノロジーのビックトピックだと思うからだ。エジプトの争乱におけるこの中のキープレイヤーは極東ブログでも以下のように取り上げられていたGoogleの中東・北アフリカ担当のマーケティング責任者ワエル・ゴニム氏である。

上記エントリーでも取り上げられているNewsWeekの2011/2/23号の「革命を導いたネットの自由戦士」(英語名:The Facebook Freedom Figter)の記事はおもしろすぎるので、一読した方が良い。finalvent氏はこの記事について以下のように述べており、確かに一般の雑誌で取り上げられるにはあまりにも踏み込んだ記事である。

同記事は、ニューズウィークが入手したワエル・ゴニム氏とナディヌ・ワハブ氏の交信記録とゴニム氏へのインタビューを元に構成されている。当然ながら、そんな記録どこからどういう思惑でニューズウィークに流れたのかというのも気になるところだ。

この中で紹介されているゴニム氏のFacebook運用手法が、恐らくエジプト争乱でFacebookがどのように活用されたかを示すまとまった情報源であり、少なくとも日本のメディアでこの情報以上のものはクーリエジャポンのいくつかの海外記事をのぞけば見つからなかった。

Facebookの革命における活用方法

まず、ゴニム氏がエジプト争乱でFacebookを活用しておこなったことは前IAEA事務局長「モハメド・エルバラダイ氏」のファンページを作成するところから始まる。ここでゴニム氏は登録者の意見を集約し、だれでも参加可能なビデオ討論会(UST的なものを想像)などを次々と企画していく。ゴニム氏はエジプトのような警察国家でもFacebookは理想的な革命のツールに成り得ると考えた。フェースブックそのものを閉鎖しない限り政府はそれを阻止することは出来ないし、なにより一度使ってみたことがある人ならわかると思うが、Facebookのファンページ、グループ機能は非常によくできている。松村太郎さんの以下の記事などがこのあたりは詳しい。

ここでわかるのはFacebookによる革命なのではなく、今革命を起こす時にもっとも有効に機能するツールこそがFacebookだったのだ。このあたりはessaさんの上記エントリーの以下の言葉を思い出す。

たぶん、Facebookを倒す者は、他の誰よりFacebookを使いこなし、Facebookによって仲間と資金とユーザを効率的に世界中から集めるだろう。

つまり、起業、ベンチャー経営、またはマーケティングのためのもっとも強力な道具だと思われていたFacebookのグループ機能が革命においても強力なツールとして機能したわけだ。起業、ベンチャー経営に必要な要素と革命に必要な要素が似ているというのもおもしろい話ではある。

Facebook+マーケティングの達人

この後、ゴニム氏は「私たち全員がハレド・サイードだ」(ハレド・サイードはエジプト警察に不当に逮捕され暴行、死亡した青年)というグループページを立ち上げる。このページの運営者がゴニム氏だと知る人物はほとんどいなかったが、匿名の運営者による革命のためのページという体裁は非常に良く機能し、すぐに35万人以上の登録が集まる。1/25のデモにおいては、この中で参加を呼びかけFacebook上で5万人の人が参加にOKを出す事態になった。この時にゴニム氏のスタンスがおもしろい。

ゴニムは自分のページは司令塔であり、人々に「心理的な壁」を超えさせる役割を果たすと考えていたようだった。自分を含め、責任者はどこにもいないとゴニムは言う。デモの原動力は民衆であり、自分は彼らを力づけるだけだとも。

このスタンスは僕が以下のエントリーで紹介した「"つぶやき"では革命は起こせない」のスタンスと真逆である。

上記エントリーでマルコム・グラッドウェルは「社会運動の本質は強力なヒエラルキと指導者が存在する上での組織的な活動であり、筆者はこの従来型の社会的活動を「強い絆」、SNSやTwitterを媒介とした力を「弱い絆」と述べている。そして、弱い絆から実際にハイリスクな社会ん運動が生まれるということはほとんどない」と述べた。だが、ゴニム氏の結果だけを見れば、Facebookを通した強力な指導者のない運動が5万人規模のデモを組織するところまではすくなくとも成功したわけだ。もちろん、この成功がゴニム氏単独の力だけで成功したというほどナイーブではない(軍部、米国の協力に関してはfinalvent氏が述べている通)が、少なくともFacebook+マーケティングの達人の力は警察国家においても充分に作用することは示された、と考える事もできる。

Facebook+個人の限界

ただし、この後の話はそれほどバラ色ではない。エジプト政府の規制によりFacebookそのものへの接続は遮断され、ゴニム氏は警察官につかまることになる。この時に備え打ち合わせ通り、ゴニム氏のバックアップ要員はすぐにグーグルと家族に連絡し、革命のためのFacebook Groupsのパスワードを変更している。また、この時に備えゴニム氏はユーザーネーム、パスワード、ページの運営方法などをマニュアル化し準備していた。この後の顛末はどちらかというおもしろすぎる話になるので、あまり真実味はないかもしれない。簡単にいえばゴニム氏は2週間の拘束の後、開放され、いつの間にか革命の指導者というポジションにまつり上げられていた。このあたりの読みはfinalvent氏のエントリーがやはり詳しい。

二週間後解放されたゴニム氏自身は、反対運動の盛り上がりに浦島太郎状態であったように同記事は書いている。それはそうかもしれないが、すでにゴニム氏は別の駒として使うように釈放されていたと見てよい。匿名で煽動するはずのゴニム氏は、この間、すっかり英雄として演出する舞台が設置されていたのである。
すでに明らかになっているように、ムバラク氏の引きずり下ろしは軍部と米国間で規定事項であった。15日付け毎日新聞記事「エジプト:「辞任か追放」 軍、ムバラク氏に迫る−−10日演説後」(参照)より。

エジプトのムバラク前大統領が今月10日に「即時辞任拒否」の演説をした後、一転してカイロを追われ辞任する事態になったのは、エジプト国軍が「辞任か追放」という二者択一の最後通告を突きつけた結果だったことが、米紙ワシントン・ポストの報道で分かった。
同紙によると、反政府デモの高まりの中、エジプト国軍とムバラク政権指導部の間では先週半ばまでに、ムバラク氏が何らかの形で権限移譲をすることで合意していた。オバマ米政権も10日までに、国軍から「辞任か権限移譲」の二つのシナリオを聞いていたという。

あとは、だめ押しでガス抜きし、流れをムスリム同胞団相対化に結びつければよいのである。ゴニム氏に渡された脚本は、解放された時にはもう決まっていたということだろう。まあ、そう表現すると修辞のわからない人から脊髄反射的に陰謀論とか批判さそうだけど、仔細を冷静に見れば、そういう流れの事態であった。

このあたりまでくると僕がうかがい知ることができない領域に入っており、WikiLeaksや海外メディアなどを自在に駆使できる人ではないとなかなかその裏の話までは知ることはできない。また、いくらFacebookを活用したとは言え、私服警察に監禁されてしまうまでが個人、匿名が体制と戦う場合の限界ではあるかもしれない。それでも、エジプトにおけるFacebook活用の話はそれだけで面白かったし、今後も他に情報があればチェックしていきたい。