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FutureInsight.info

AI、ビッグデータ、ライフサイエンス、テクノロジービッグプレイヤーの動向、これからの働き方などの「未来」に注目して考察するブログです。

評価経済社会を議論するときに気になるポイント

最近、評価経済社会やノマドなどの議論を見るようになった。流行に敏いtechwaveでも取り上げている。

さて、この評価経済社会の議論が始まると、以下のなような流れで議論が発展することが多い。

  • すでに日本では無理していっぱい働かなくても適当に働くだけで生きていけるだけの余裕はある
  • 現在貨幣経済の価値は下落しつづけており、それに変わって他者からどれだけ評価されているか、また、他者の興味をどれだけ喚起できるか、という部分が重要になってくる
  • そのような社会では、企業の中にいて自由に情報を発信できない人に変わり、自由に情報を発信できるノマドの価値が高くなる

僕はこの意見自体を否定するつもりは全くないのだが、以下の記事でこの議論をする際、いつも問題となる破壊力のある指摘が取り上げられていた。この記事は今話題の佐々木俊尚さんが、phaさんや玉置沙由里さんなどの評価経済社会の住人を集めて討論会をした内容をまとめたものだ。

玉置: phaさんにお聞きしたいんですけど、今はリッチでもいろいろな形が出てきていると私は思っているんです。お金があってリッチだという人もいますがphaさんみたいにソーシャルなネットワークでコミュニケーション能力が高いという形でリッチな人もいて、でもそのどちらも持っていない人はどうしたらいいんでしょうか?

pha: それは難しい問題ですよね。

米田: ノマドのような議論になると、「それはコミュニケーション能力があって、個人として優秀だからやっていられるんでしょ?」という批判があったりしますね。

佐々木: いや、それは事実なんですよ(笑)。身も蓋もない言い方ですが。僕はこの時代を格差社会だと思っています。かつてはこういう議論になると必ずどうすれば日本人全員が幸せになれるかという話になって、なぜかみんなが政治家のような意見を言いたがって、「いや、このままじゃ日本はダメだよ」みたいな話になるんです。しかし、ここまで分断が進んで温度差が広がって個人個人の住んでいる圏域が細分化されている状況のなかでは、政治家でもない限り個人が日本を背負うことはできなくなっていると思います。

 だから、「自分は」こういうことができるからこういう選択肢を選びましたという話はできるけれど、それができない人だったら別の道を考えればいいじゃないですか、ということです。私はあなたの生き方まで背負う義務も権利もありません、という身も蓋もない話じゃないかと思います。

この部分はよく議論になるポイントで、簡単に言ってしまえば評価経済社会っていうのは、コミュニケーション能力やそれに付随する編集の力などがより評価される社会のことであり、いわばそれはFacebookやTwitterなどのリアルタイム性が高く、よりパーソナルなものに情報の流通経路が変化することである。
新たな情報の流通経路が生まれることで、今まであまり付き合うことの出来なかった人とつながれたり、これまで築くことの出来なかったおもしろい人間関係を多くの人と構築することが出来たりする。でも、この構造に気づけない人はいつまでたっても新しい情報の流通経路を意識することが出来ない。
いつも貨幣経済社会と評価経済社会の議論がはじまると、この両方持ってない人はどうするんだ問題がすごく気になってしまい、結局考えがまとまらないのだが、この辺りに答えはないにしても折り合いを付けてくれる議論があったらいいなー、と思う。そもそも評価経済社会は明らかに貨幣経済社会よりも生きていける人が少なそうなのが特に気になる。