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政治的バッドノウハウが必要な局面を思う

圏外からのひとことのこのエントリーを見て、去年の大学の学部長選挙を思い出した。

  • 政治的バッドノウハウに立ち向かう作法

http://amrita.s14.xrea.com/d/?date=20060120#p01

俺の研究室の教授が、2005年の10月から環境情報学部の学部長になったのだが、そのときは、2期続いた年配の学部長を落としての当選だった。特に、ご年配の教授陣に盤石の基盤を持っていた元の学部長だったのだが、俺の大学の選挙は専任講師以上は平等に一票を持っていたため、演説で若い人達の心をつかんだ俺の研究室の教授が48票中、25票を獲得して当選したらしい。そのときの詳しい話は、教授が退官されるまで語ることはできないって助教授が言っていたけど、「選挙の力学」を痛感したとおっしゃっていた。つまり、政治的バッドノウハウっていうのは、初心者というか一般人には感じる機会自体も限定されており、しかも「選挙の力学」というような曖昧な概念でしか言葉にしにくい類のものなのではないか、と。

で、本題なのだが、俺の、

こういう問いをするための理論武装が何なのかっていうのに非常に興味がある。つまり、ここまできてなお「don't evil」をコアコンピタンシーとしていなければならないGoogleは、このような問いを有効に、もしくは間接的にでも利用するためには、どのような理論武装が必要なのだろうか。

こういう問いに対しての、essaさんの答えが、

に答えると、この場合の「理論武装」は「don't evil」だけで充分である。むしろ、金融関係の法律のグレーゾーンに踏みこんで我が国の法制度(の精神)を踏みにじる方が「evil」である。(もちろん、もっと複雑な「倫理的理論武装」を必要とする場面もあるでしょうが、この場合については、という話として)

それで、「一国まるごとGoogle八分」はヤメテ!と声をあげる為には、それを何重もの政治的バッドノウハウでくるまないと、有効な声にならない。たぶん、この文章の中のこの「一般化して政治の話へ」セクションだけ読まなかった人がたくさんいると思うが、なぜ、そこで多くの読者の興味が離れるかと言うと、「ああ、ここから政治的バッドノウハウの話になるな、それはもうたくさん」と思ってしまうからだ。

つまり、「政治的バッドノウハウ」というものも、「選挙の力学」と同じように、初心者には肌で感じることの難しいものであり、「don't evil」でありさえすれば、あとはその「政治的バッドノウハウ」に関わるものが俺の問いの答えなのだろう。そのことをふまえた上で、

おかしいことを単純におかしいと言って、○○使えば問題ないとか、○○も勉強してないやつが文句を言うなとか言われた経験があって、「もういいや」と思ってしまったのかもしれない。だいたい、政治的上級者というのは、国民の意思が政治に反映されないことについて、「君にはわからないだろうが、世の中とはそういうものなんだ」と初心者を納得させるのに快感を覚えるものである。

おそらく、そういう言葉の中には、経験から来る真に有用な政治的社会的経済的ノウハウと「バッドノウハウ」に伴なう独特の快感が混在していて、初心者の側からは区別がつかない。初心者にできることは上級者に自省の機会を与えることだけであり、それを判断できるのは上級者だけなのかもしれない。

だけど、とにかく初心者は声をもっとあげるべきだと思う。

選挙後に研究室の教授は学部改革のため、奔走している。結局、何かを変えるためには初心者も初心者であることをおそれず、「政治的バッドノウハウ」に挑むしかないし、そのような文脈を理解したうえで見えてくる新たな地平もあるのだと思う。なんか社会人になるまえに新たなパラダイムを得たようで気持ちいい。