最近、各メーカーがトップを総入れ替えしました。ソニー、日立、パナソニックなどどれも日本を代表する企業です。さてさて、このトップの交代に際していろいろなコンサルタント、経済評論家がニュースのネタにしているのですが、このなかで「モノづくり」、「○○らしさ」を理由にしているニュースはだいたい読む価値がないかな、と思いました。
メーカーを「○○らしさが足りない」と言って批判するのは全く意味がない
問題の本質を捉えていない記事はいろいろあるのですが、例えば以下の記事です。
大前研一氏の最近の現場感のない意見はそうとうヤバイなと思っていたのですが、この記事は特にやばいです。
放送業界というソフト業界出身のストリンガー会長では、ソニーの原点である「ハード部門」を手に負えないというのは、私はこれまでにも何度も指摘してきた。加えて、ストリンガー会長は、ソニーのDNAとも言える「ソニーらしい精神」を持ち合わせていない点が致命的だと思う。それは創業者である井深氏、あるいは盛田氏が持っていたような「ソニーは何かやってくれそうな気がする」「ソニーの製品にはワクワクする」という“期待”を私たち消費者に感じさせてくれるものだ。今ソニーに求められているのはこの部分であり、決してコストダウンの施策を打ち出すことではないと私は思う。
うーん、思考停止ワードの連続です。「ソニーらしさ」を持ち合わせていないといいながら、その「ソニーらしさ」を「ワクワク感」などといった実体のない抽象的なもので説明しています。実際に何をしたらいいのか見えません。もし、単純に良いプロダクト、今までにないプロダクト、革新的なプロダクトを作れと言っているだけなら、それは全メーカー共通の課題です。どちらにせよまともなアドバイスではありません。この辺りに関しては以下のエントリーも過去に記載してみました。
また、こちらは補足になりますが、現状のソニーの特にテレビ事業にまず必要なのはコストダウンです。それは、以下のエントリーに書いたようにすでに液晶の付加価値は画質ではなくなってしまっているからです。
実質、今の液晶テレビには技術的にワクワク感を求めることはほぼ不可能な状況なのです(ブレイクスルーがある可能性は常に存在はしますが)。実際、画質では差別化が不可能なので、BD搭載、世界最薄、世界最エコといった方向に走らざるをえないのです。ただ、現状、そのような機能はあまり差別化要因になっておらず、コストパフォーマンスがかなり重要視されています。また、KUROのようなAVマニアには「ワクワク感」のある製品であっても、パイオニアが事業から撤退したように現状の薄型テレビ市場にはマッチしていないことは明白です。
つまり、事業毎にこのような戦略が必要ということを論じるならわかりますが、メーカーに対して十把一絡げに「○○らしさが足りない」という言うのは、思考停止以外の何者でもありません。基本的に各メーカーの全体に対して「○○らしさ」を求めることは不可能です。これはパナソニックや東芝に対しても同様でしょう。液晶テレビと原発システムを二つ開発している会社に「東芝らしさ」を求めることができるでしょうか?このような「○○らしさ」を論じることは、現在のメーカーにとってはただの思考停止ワードであることを認識する必要があるかと思います。
企画の段階で「モノづくり」を掲げるのはとても危険
「モノづくり」を製造の現場が掲げるのは意味があることだと思います。それは、製造にとっては「モノづくり」は極めて具体的な行為だからです。ただ、他のニュースをみると「モノづくり」を企画や研究開発の目標に掲げるべきだ、という論調の意見が見受けられます。
中鉢社長主導による製品重視のハード路線が、世界同時不況で行き詰まったためだが、社内では「DNAであるモノづくりが軽視される」との不安が渦巻いている。
上記の記事などは典型的な「書くことないから「モノづくり」という単語でごまかしました」というタイプの記事です。上の記事では、この「モノづくり」という単語が生産の部分というよりは、「路線」に対して、つまり企画、研究開発に向けて放たれていることがわかるかと思います。ただ、この「路線」に対して「モノづくり」という言葉を持ってくることは全く意味がないことなんですよね。たぶん、この記者も、それでは「モノづくり」とは何なのか、が全く定義できていないと思いますし、きっと漠然と「モノづくり」を叫んでみたかったのでしょう。「モノづくり」という言葉は研究開発が終わり、実際の実装、製造のフェーズでは主に関係者の矜持として、品質につながる意味があるキーワードだと思うのですが、企画の段階で「モノづくり」を掲げるのは思考停止につながる、かなり危険なワードであるように思います。もしそのようなニュースを見かけたらほとんど意味がないことは認識しておいて間違いないと思います。
まとめ
最近の経済情勢の中で、ニュースに○○らしさ」や「モノづくり」といったワードを良く見かけるので、そのワードが実質何も意味をなしていないことをまとめてみました。この何かよくわからないモノに名前を付けるという行為は、その名前を付けられた「何か」を聞いた人にわかった気にさせてしまうことにつながってしまうのがかなり危険です。たとえば「サブプライムローン」や「AAA債」などはその代表格で、たぶん実体はだれも知らなかったのに名前を付けられてしまったため、聞いた人が理解した気になり、広がってしまったという側面もあると思います。IT業界にもこの名前をつけるのが異常にうまい人が多いので皆様お気をつけ下さい。