以下のエントリーを読みながらちょっとコンテンツ作成の方法論について考えた。
チーム☆ラボとキューエンターティメント
僕はチーム☆ラボもキューエンターティメントも大好きなのでこの記事は非常におもしろく読むことができた。特にチーム☆ラボは一度訪れたこともあるくらい好きだったりする。
このチーム☆ラボとキューエンターテイメントの組織的な対比は面白い。チーム☆ラボは社長の猪子さんがコンテンツ作成において重要なコンセプトを決定するプレイイングディレクターな役割をしている。対して、キューエンターティメントには水口哲也さんという非常にぶっ飛んだ才能がいて、その水口哲也さんがコンテンツ作成に集中するなか、このインタビューで話している業界でも切れ者と評判の内海州人さんがCEOをしている。
チームでコンテンツを作るか、才能がコンテンツを作るか
さてここで注目したいのが、どのようにコンテンツを作成するのかという方法論である。個人的には素晴らしいコンテンツを作るには二つの方法があると考えている。
- プロデューサも兼ねることができる才能に全てを任せる
- チーム自体にコンテンツ作成の方法論を付与していく
もちろんもっと細かく分類すればいろいろあるだろうが、まぁ、それでも上の2個が本流だと思う。要はチーム自体に作成の方法論を持つか、優秀な個人に任せるかである。ピクサーなどの本当に優秀なコンテンツ作成集団はこの2つが有機的に合わさった方法論を持っている。
個人でコンテンツを作る方法論に関してはここであまり述べる必要も無いのだが、だいたい有名な作品というのは、個人の代表作品だったりする。この場合、コンテンツ作成の方法論は個人に属している。
チーム☆ラボは猪子さんというおもしろい人はいるもののその目指すところがチームでコンテンツ作成を行う方法論であることは過去のインタビュー、今回のインタビューからも確定している。今回のインタビューで言うとこの辺りである。
なのに求められる専門性の深さは、どんどん高まっている。だから専門性の違う人たちが一つのチームを作って、共にものを考え、新しい価値を作っていこうと。それでチームラボと名付けたわけです。
ですから、チームラボでは、もはや一人で考えるということがほとんどありません。対話によって、ものを考えていく、という。まぁ、大昔からそうだったかもしれませんが。
僕がチームでもクリエイティブになれると思うのは、ユニークなプロダクトが、特別な個人から出てくるだけではなく、特殊な文化から生まれる部分があると思うからなんです。プリクラなんてまさにそうだし、「ニコニコ動画」もそう。「あれは、俺が作った」って人が、10人くらいいますよね(笑)。チームでも文化的な純度が高ければユニークなものは出てくるような気がします。
過去のブログエントリーで言うとこの辺りで述べた。
文化をコンテンツの深化につなげる方法論について
さて、最近このチームでコンテンツ作成を行う方法論についてよく考えている。僕の場合は、コンテンツではなくプロダクトに近いところで考えているのだが、プロダクトやプラットフォームがコンテンツ性を帯びてきていることは過去に書いたとおり、つまりコンテンツ作成の方法論というのはプロダクト作成やプラットフォーム設計の重要な部分であるわけだ。そんなわけで、僕は今後コンテンツ作成の方法論を組織自体が何らかの形で内包する必要があると考えている。
コンテンツ作成の方法論というのが文化に深く関係しているのは、このインタビューでも皆さん述べられている。文化をコンテンツの深化につなげることが、技術の陳腐化スピードが増した現代において非常に有用なコンテンツの差異化手段となりうる。この文化に根ざしたコンテンツの差異化手段をチーム設計に付与することが今後のプロダクト作成やプラットフォーム作成においても考える必要があるだろうな、というのが最近の感触で、この辺りは如何に組織として総力戦を行える体制を作れるかにかかっている気がしている。