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書評: 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 - 橘玲

「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」が金融日記で紹介されていて、気になったので読んでみた。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法橘玲

おすすめ平均
starsたった1つの方法を詳しく解説してほしかった
stars橘氏は最近脳科学に入れ込んでいらっしゃる。
starsサラリーマン生活に漠然と不安を感じている人にお勧め
stars期待外れだった!
stars生き方として参考にはなる

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この本は進化生物学と動物行動学をベースに、近年の自己啓発や好きを仕事にするの文化、ハッカーや果てはロングテールを語っているというなかなかとんでもない本なのだが、全体として不思議とまとまり感がある。ただ、詳細を見てみると結構議論は危うい。
例えば、本の中で「人間の能力は以下の2点で決定されるので、自己啓発で能力を伸ばせるという勝間和代氏の主張は嘘っぱちである」という内容が書かれている。

  • 遺伝によって生まれた時から決まる能力の最大値
  • 幼少期の人間関係からうまれる集団内での優位性によって遺伝の能力をどこまで伸ばせるか

この理論に従い、一般的な7つの習慣やカーネギー的な自己啓発はすべて意味が無いと主張する。最初の主張である「遺伝によって能力の最大値」が決まるという主張は、それぞれ生まれた時から別々に育てられた双子がどれだけ能力、趣味嗜好が一致するかという話を主に根拠とし、また「幼少期の人間関係からうまれる優位によって遺伝の能力をどこまで伸ばせるか」の根拠も音楽の才能を持った双子がピアニストになれたのは子どもの頃に集団の中で、音楽の優位が形成された点を挙げてその根拠にしている。
こういう議論は各論ではどうもただしそうに見えるという点が非常にたちが悪い。
議論を行う場合に、90%くらいただしそうな統計を根拠にして仮説を立て、それを連鎖させていくと不確定の部分が増大し結果50%くらいただしそうな主張ができあがるということがある。この理論もまさしくそんな感じで、本だけ読むと上の根拠は結構進化生物学的にも、動物行動学的にも、統計学的にもそこそこ正しそうに説明されているが、各論がやばい。やばいといえば、ヤバイ経済学にけっこう似ているかも。

ヤバい経済学 [増補改訂版]
ヤバい経済学 [増補改訂版]スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー 望月衛

おすすめ平均
starsインセンティヴがどう効くかを端的に示している
stars文句なしに面白い
stars雑学の書として面白い。「経済」の部分に期待すると肩透かしを食うかも。
stars着眼点がヤバい 結果はそこまでヤバいこたない
starsインセンティブという言葉の意味がすごくよく分かった

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どうして「幼少期の人間関係」だけが遺伝の能力を伸ばすのか?という点だけ考えても、どうもかなり怪しい。それはつまり自己啓発的な書籍による短期的な能力開発は意味が無いと言っているだけで、例えば「人間にとっては努力よりも時間こそが能力を伸ばす上で重要であり、時間を伸ばすためには所属する環境を変えることこそが能力を伸ばす最大の近道である」というドラッカー的な主張を補強する材料としても解釈しうる。
また、遺伝によって生まれた時から能力の最大値は決まるという点も、主に肉体的な能力においては異論はないが、この命題を「遺伝によってすべての能力の最大値が決まる」というものに置き換えてみると、どうも直感的にもこの命題は正しくなさそうに見える。実際、能力が評価されるのは主に社会での関係性の中においてであるので、その社会が時間によって変動するパラメータである以上、遺伝だけでは決まらない能力というものを発見することは簡単だろう。
つまり、この本で言えることはせいぜい、「いくつかの能力は遺伝によってその最大値が決定し、さらにその能力を伸ばせるかどうかは幼少期の人間環境から産まれる集団内での優位性と関係がある」であり、とても書籍の内容だけをベースに「すべての能力は遺伝によってその最大値が決定し、さらにその能力を伸ばせるかどうかは幼少期の人間環境から産まれる集団内での優位性だけで決まる」という結論を導き出すことは出来ない。
というように、危うい乱暴な議論がいたる所にあるものの、読み物としてはなかなかおもしろいし、レトリックもなかなかのものなので興味のある人は読んでみると良いと思う。特にある程度進化生物学の知識がある人なら、進化生物学がどのように自己啓発本の中でレトリックに利用されるかを見るだけで興味深いと思う。